「奪われし未来」の著者:シーア・コルボーン博士

 5歳のころから野鳥観察に夢中になる。きれいな水を守る市民運動に取り組む傍ら、「もっと学びたい」と50歳を過ぎてから大学院に入り、58歳で動物学博士となる。1993年からWWF(世界自然保護基金)科学顧問。1996年に共著の「奪われし未来」を出版して以降、生活が一遍。2000年日本の財団から「ブループラネット賞」(環境問題研究のノーベル賞といわれる賞)を受賞。

2000年8月、コルボーン博士来日時の記事(朝日新聞:2000・8・4(金)朝刊より)
インタビュァー:世界各国で翻訳された著書「奪われし未来」で、環境の中にある化学物質、いわゆる環境ホルモンが内分泌を撹乱し生殖や成長に異常をもたらすと警鐘を鳴らしていますね。特に精子が減っているというのはショックでした。

コルボーン:「デンマークのグループが出した今年の新しい論文が手元のあります。若い兵士900人ほどを調べたら、精子は普通精液1mlの中に1億個以上あるのに、半分以下しかなかった。化学物質の何らかの影響でしょう」「私が今最も恐れているのは化学物質が子供の能力、行動に影響を与えているのではないかということです。落ち着いて椅子に座っていることや、何らかに集中することが出来なくなれば、人間関係がつくれない。化学物質は知能を下げる懸念もあります。こんなことが進めばリーダーが減って、人間社会が退化し壊れてしまいます。」

インタビュァー:環境ホルモンが脳にも影響している恐れがあるのですね?

コルボーン:「甲状腺ホルモンは脳の成長を調整します。そのホルモン作用が子供の出生前に、母親の体内に蓄積されている化学物質、たとえばPCB(ポリ塩化ビフェニール)によって狂うおそれがあるのです。」

インタビュァー:PCBの他に何が問題でしょうか?

コルボーン:「まずダイオキシンです。DDTなど殺虫剤や、プラスチックなどに含まれているビスフェノールも心配です。しかしこれはランプの下の明りだけを見ているようなものです。身の回りにはこの他にも化学物質がたくさんあります。」

インタビュァー:たとえば私の体の中にはどれくらいの種類の化学物質が蓄積されているでしょうか?

コルボーン:「商業目的で作られた化学物質は8700種類あり、1500種がよく使われています。人体には500種類の化学物質が蓄積されているでしょう。しかし、人体への影響が研究されているのは約300種類です。いずれも、20世紀の初めには人間の体内にはなかった。人類は今、化学物質による汚染の脅威にさらされています。」「なのに私達は人間の体の中で何が起きているのか、よくわかっていないのです。宇宙科学に莫大な金を投じているのに、母親の体の中がどうなっているのかという研究には大してお金を使っていない。宇宙に行くより、化学物質の審査、研究こそ力を入れるべきです。」

インタビュァー:共著「奪われし未来」の中で、内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)を指摘されての感想は?

コルボーン:「奪われし未来」は36の米国の大学で教科書に使われ、18の言語に翻訳されましたが、化学業界は問題じゃないといってきました。ブループラネット賞を受賞したことで、そうは言い難い状況になるでしょう。化学物質が次の世代に影響を与えるという説が本物だと認められ、嬉しいです。」

インタビュァー:乳がんや前立がん、子宮内膜症の増加も環境ホルモンと関係があるのですか?

コルボーン:「赤ちゃんがおなかの中にいるときに化学物質に触れると、大人になって影響が出てくる可能性がありますね」

インタビュァー:母乳も汚染されていると言われていますが、どうしたらいいでしょうか?

コルボーン:「若い女性は化学物質にさらされることをできるだけ避けるべきです。化学物質は脂肪に蓄積され食物連鎖の頂点に行くほど濃縮されます。魚を含め、脂肪分の多いものは食べないほうがいいでしょう。」「食べ物をプラスチック容器に入れ、電子レンジで温めて食べるのもよくない。食事の前には必ず手を洗うことも大切です。身の回りにはたくさんの化学物質にさらされています」
「私たちが問題にしている化学物質は、徐々に、微妙に、そして長期間にわたって、内分泌に影響するものです。これは、因果関係を明らかにすることが大変難しいので、対応が遅れています。」

インタビュァー:日本の環境省庁は70種類くらいを環境ホルモンの疑いありとして、研究対象としていますね。

コルボーン:「今後もっと増えるでしょう。問題なのは検査や研究の為の充分な態勢がないことです。赤ちゃんの場合、おなかの中で手足が出てくるときなど人間の体を作っていく過程で化学物質の影響を受け、体を作る順番とか大きさが狂わせられる恐れがあります。ところがそれを調べる態勢が出来ていないのです」

インタビュァー:なぜですか?

コルボーン:「すぐ結果が出ないからですよ。いま対策を取っても、精子の数が元の正常値に戻るのは次の次の世代かもしれない。だから、政府に金を出させ、科学者の研究をもっと助ける先見性のある政治家が必要です」

インタビュァー:野生生物はすでに危機状況にありますね。

コルボーン:「化学物質は徐々に野生生物の生殖を蝕んでいます。米国のオンタリオ湖ではワシの繁殖率が落ちています。生まれた子供達のくちばしが曲がっていたり、つめがおかしくなっています。親の役割を担わない野生生物も増えています」

インタビュァー:親が子供の面倒を見なくなったら大変ですね。

コルボーン:「本当に心配です。心ある科学者達がすでに警告を発しています。ですから今、新しい社会革命のようなものが必要です。いま、みんなが国内総生産を大きくすることに夢中になっています。しかし、これからは生活の質を目標にすべきです。赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか。子供への責任は何か。その辺の基礎に戻って研究することが大切です。」

インタビュァー:具体的にはどんなことを考えておられますか?

コルボーン:「内分泌を撹乱する化学物質について、国際的な共同研究を呼びかけたい。「マンハッタン計画」という言葉を日本人は聞きたくないでしょうが、あの計画で米国政府は産業界と協力して3年も経たずに恐るべき原子爆弾を作りました。産業界が資金協力をしたためです。環境ホルモンについても業界に金を出すように訴えたい」

インタビュァー:人類が生き延びる為の新しい「マンハッタン計画」ですか?

コルボーン:「お金があれば出来ます。日本とも共同研究をしたいと考えています」

インタビュァー:化学物質による汚染ばかりか、オゾン層の破壊、地球温暖化、森林伐採、砂漠化など地球環境が傷めつけられています。20世紀をどう、評価しますか?

コルボーン:「わたしたちは地球にある資源を次の世代の分まで使ってしまおうとしており、残しておこうという考えが足りません。目覚しい技術的な進歩も次の世代の子供たちを犠牲にしています。自分達が何をしているか、わかっていない。今のことしか考えていないのです。」

インタビュァー:一人の市民として出きる事はありますか?

コルボーン:「たくさんあります。大量消費を止め、本当に必要なものだけを買う。殺虫剤は買わない。又、有機栽培の農作物を買って欲しい。それは農家の方の体も守ります。農民は殺虫剤を使いすぎています。」「企業に対して製品の中にどんな化学物質が入っているのか、どんどん手紙を書いて聞いて下さい。商品についてどんな試験・検査をしているのかも聞いて欲しい」

インタビュァー:やはり女性科学者のレーチェル・カーソンさんは1962年に「沈黙の春」を書いて化学物質の毒性を警告し、環境保全運動に転機をもたらしました。あなたの警告によって社会が変わるでしょうか?

コルボーン:「そう希望します。」

インタビュァー:地球の将来に夢は持てますか?

コルボーン:「私だって悲観的になりますよ。でも希望がなかったらこうやって働いていないですね」

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